2016年5月30日月曜日

生と引き換えに


ふらんす堂通信を何冊か読み返した。
思いがけない洞察をいただくことがある。
例えば、詩人の杉本徹によるある俳人の作品論から抜いてみると、

 一句を記す書き手の生と引き換えに足るほどのものなら、
 美意識は美意識として、生々しく脈打つ。
 ほとんど何ものをも所有しないアナキストの風貌を帯びながら、
 この世に生きる不服を申し立てず、
 此岸と彼岸とのあわいを生き通してきたひとだ。
 ひらりと葉書に記した句だけを、
 己の存在証明とするかのような在りようは、
 その境界上に生きることと自覚している。

ほとんど俳句をつくる人々に共通する「何か」かもしれない。
句は、人生と引き換えになってしまう宿命みたいなものなのだ。
俳句に入り込めば込むほど、現実世界からかい離しがちなのは確かだ。
言い当てている。

次に、俳人の深見けん二のインタビューでは、
唐突に、飯島晴子の言葉が持ち出されていた。

 俳句は言葉から生まれる。
 言葉は、偶然の組み合わせから、
 伝える意味以上の、思いがけないものが顕ち上がる。

ふと目に飛び込んでくるこうした洞察をいただく。

復古主義と呼ばれることもあるが、
わたくしもまた、
「あわい」に住んで、
古語との交感、
自然との交感を
続けてゆくことになるだろう。
結局、
生まれてからいままで、やっていることはずっとおんなじなのだ。
変わりようがないのだ。

杉本は次のように締めた。

 世上の凡百の句は、健全すぎるあまり、
 「俳句」にはなっているかもしれないが、
 詩が失せている、と。
    
                               (水戸郊外の榛の木の林)










2016年5月29日日曜日

偶 々



水戸郊外で,山毛欅の若葉。

   偶 々

燿(かがよ)ふは 白雨(ゆふだち)過ぎし 潦(にはたずみ)
泉聽き 六月虚空蔵 近きかな           (求聞持法修す)
こんぺいとうの 星掬ひ採る 山淸水        (沙金)
水無月が 靑羊齒深き 林より
放たれし はたたの神が 石鏡                (竪破山)
劔振れば 花橘は 細(ささら)冴ゆ










2016年5月22日日曜日

聖地、西金砂山



治承4年
頼朝、常陸ニ入リ、
佐竹義政ヲ殺サシメ、
進ミテ、金砂城ヲ攻ム。
佐竹秀義コレヲ防グ。  (東鑑)



朝早く、常陸二之宮静神社を参拝したあと、
そのまま、導かれるように
標高418㍍の西金砂山へ登る。
けわしい山道。ガードレールがないのには驚いた。
頂の西金砂神社本殿には、わたくし佐竹氏の家紋がしっかりとあった。

西金砂山は、東金砂山、竪破山と共に常陸国の修験の山。
そして、山師たちの聖地。
中世常陸国の山師たちは、
5月から8月にかけて、
山頂の眺めから、
気を発する鉱脈を探していたに違いない。
頼朝の侵攻に耐えた天然の要害。
社の南西は断崖。
すくんだ。
急な崩れる石段を登りながら、
佐竹氏にとっての聖地はここなのだ、と思わずにはいられなかった。









2016年5月17日火曜日

廃園



美野里町の捨てられた栗園。

  偶 々

絶望の  カフカ過負荷と書き 腐草蛍となる











2016年5月14日土曜日

偶々


那珂の山中で

    偶 々

ふりかぶる 三郎が太刀(たち) 靑葉吸ふ
したたれる さみどりのみち あるばかり
さみどりの 零(ふ)り萌(も)へ冴(さ)へて ゐたるかな
淸淸(さやさや)と 靈(ひ)は透(とほ)りけり 楢嫩葉(ならわかば) 


















2016年5月8日日曜日

偶々



花百王、牡丹の花が盛りです。

 偶 々

山塊(さんくあい)を 山師(やまし)視(しめ)せる 五月(ごぐあつ)來(き)たり
こんぺいとうほどの 靑(あを)きひかりの 織女(ゑえが)かな
地(ち)は熱(ほて)り  肌も熱りて  夏に入る
凭(もた)るれば 背は幹に溶ぬ 靑胡桃(あをぐるみ)
山姫(やまひめ)の エルヴァシオンや 花妙(ぐわ)し











2016年5月7日土曜日

古代への通路

「俳句」5月号の人類学者中沢新一と小澤實の対談「俳句の原点と神話世界」を読む。
中沢は同誌3月号で講演録「俳句のアニミズム」を載せて反響が大きかった。
この対談では、よき俳句の特徴は、
「古代と通路をつくり、つながっている」として、ユニークかつ明快だった。

中沢は、現代人は、古代、縄文からエネルギーをもらわなけばならないという。
古代感覚への通路を作る、ことが危機的に重要だという。
それを「アースダイバーという仕事」と呼んでいる。
そうして、エネルギーを恢復させねばならないそうだ。
聖地にゆくこと、辺境を訪れること、山に登ること、高い柱を立てること。
飯田蛇笏の世代までは、そんなことは直感としてわかっていたのでは、ともいう。

中沢新一が、俳句界で、暴れ始めている。

「ブリコラージュ」という概念。
古物利用ともいいい、過去の人々が使っていたものの、
組み合わせを変えてあたらしい世界を提示する試み。











2016年5月3日火曜日

偶々


偶 々

やすらひや 風鎭(しづ)まらぬ ゆふまぐれ
櫻蘂(さくらしべ) 降る降り續く わかれかな
さみだれを たまのごと溌(は)つ 庭潦(にはたづみ)
綿咲ける 靈(たま)ぢはふ地に 小屋結(ゆ)へり
地靄立ち 花百(はなもも)の馥(か)は 動かざる
頓(ひたぶる)に 黄金浪費(をうごんらうひ) 五月(ごぐあつ)來る
白桃(はくたう)の 薄紙亂(さや)ぐ 驟雨(しうう)かな

  やすらひ…櫻花ノ散ル頃ニ跋扈シハジムル都ノ鬼ヲ払ウ祭。






三田文学の万太郎特集

「三田文学」2016春季号を読む。
久保田万太郎の俳句の特集。
金子兜太の「慶應調」は、風のように粋に書いていて、妙。
俳人かくあるべし、という文だった。
金子兜太を見直す。(えらそうに)

小澤實と高柳克弘の対談はよく突っ込んでいる。
高柳はもしかしたら、今後の、「正統的」俳句の世界の、主要な論をはれる人物かもしれない。
しかし、
「鷹」の指導者としての側面があるから、
万太郎の句を容易に褒めない。
高柳はその理知と正統的俳句の流れを背負っているので、万太郎の反対側にいる。
ほろ酔いで気持ちのよくなっている万太郎の前で、正論をはく生真面目な若者の印象。
其の理知で、万太郎がずたずたにするのは避けてほしいものだ。
高柳にそうする資格はない。理知でつぶそうとするのは、愚挙だ。

そして、いい加減、「俳句は余技である」と書いた万太郎、から始まるのはどうか。
これだけ愛されている俳人はおるまいに。
俳句は余技であるといったから余技、なのかどうか。
どうでもよい。
近代俳句の、ホトトギスの流れ、とはまったく別の言語空間を持つ俳人なのだ。
それは江戸俳諧だろうし、小唄だろうし、遊郭吉原の言語なのだから。
小澤は、「万太郎の句は季語が脇役だ」という。決定的だ。

それでも、対談では、万太郎の本歌取りが少しづつ明らかにされた。
西脇順三郎の詩から着想しているのを知る。
わたし自身は以前、上島鬼貫の本歌取りを発見した。
いずれにしても、よい俳人がよく書いた。
抒情的な特集ではなくてよかった、よくぞ突っ込んだなあ、という感想。