2016年6月27日月曜日

偶 々


山道で見かけた幼葉ですが、
どこか笑っているように見えるんですね。
  

  偶 々
振り向けば 山の若子の 笑まひかな
わつと出て 驚いたつて 言う若葉
ゐないない ばあと手をだす 山若葉










山行


















2016年6月26日日曜日

あんた、星空から力をもらっていないのか。



「大峯さん、あんた、星空から力をもらっている感覚というのは、なかったかね」

唐突な、金子兜太の投げた言葉に、
俳句の何か、を理解した人は多いと思う。
月刊「俳句」最新号で、
同じような風貌の、
金子兜太と、俳人で僧侶の大峯あきらが、
まれにみるはげしい対談を繰り広げた。
間に入った宮坂静生がかわいそうなほど、
金子が追求しまくる。
一読の価値ある。
読むだけで、心落ち着かなくなるだろう。
暴れん坊の金子兜太は言うのだ。

「季節は力だ、と見る。
上からの存在者が、
そこに、漂っているということです」

金子兜太が、真正面から、
自然からエネルギーをもらっていると言っている。
季語も、季感も、エネルギーだと言っている。
これが俳句の根幹だと言っている。
堂々と、言っている。












偶 々


  偶 々

少女座せば 白繭(まゆ)ごもりゐて 瞻(まも)りゐる 
水甕に うつる太虚(おほぞら) 夏邃(ふか)し
若夏の 静(しづ)に祝詞(のりと)の 和音(くわおん)かな   …静神社
星一ツ 飛ぶ靑羊歯の 森震るふ
實梅時 ひと途絶へをれば 無残かな
雨後なほも 空に闢(ひら)けり 蕗廣葉










2016年6月25日土曜日

山中智恵子



正直なところ、
定家も、
良経も知らない。
「八代集」に手をつけていないのに、
あの圧倒的な美意識を知らないのに、と思う。

ただ、塚本邦雄が評論で、
「山中智恵子の絶唱はここにつきる」と、
第二歌集「紡錘」9首を賛辞したので、
こうして読むことになった。

いつか生きていた歌人だけれども、
「由緒ただしく、いまは失われた、古代の」言葉を
遣うことを許されているひとだ、と思う。
山中智恵子歌集「紡錘」、「みずかありなむ」を読む。

処女歌集の西洋の形而上的世界から、がらり変わる。
憑依されたかのように、第2歌集で、突然に、古代が顔を出してきた。
この変化はいったい何か、と思えば、
続く歌集「みずかありなむ」に答えがあった。

「記」「紀」の「水と火の神」を歌うのだ、
大和朝廷から排除されていった神々を歌うのだ、
と山中智恵子が思ったのだ、と知ったときに、
山中智恵子の歌とはそういうものだという納得がいった。

 スメラオノ ミヲバヤマトトヒモモソヒメノミコト 
 ヨク 未然(ユキサキノコト) 識リタマヘリ

と「崇神紀」を引用しているところに、自らの存在証明をしようとしている意思を感じる。

カナヤマヒコ、ミズハノメ、そして三輪山。
山中が歌う「夏」は天皇制の喩だそうだ。
「夏燕」はアマテラスの原像だそうだ。
「つば女」は巫女のことだそうだ。
「ひばりかげ」とは水と金のことだそうだ。
それは「水銀」の音になるそうだ。
こんなこと知るよしもなかった。

翻れば、
山河に隠れる金鉱脈や丹と交感する山人の感覚を、
あるいは佐竹という血統の昔とその復活を、
久慈川沿いを歩き、上りしながら、
俳で描こうとしてきた。

古語と古地名とを操るにつれて、
神話世界が次第に立ち上ってきて、
それが思考を支配するようになる。
古語に反応し、古語でモノを眺め、考えるようになる。

古語は、わたしたちの命にちかい。
遠い過去から、わたしたちを規定している。
馬場あき子は山中智恵子を「古代の魂の保持者」と呼んだ。
それは実に簡単な言い方で、困る。


                    (水戸市内のタニワタリノキの花)










山中
















2016年6月22日水曜日

界隈








                            (水戸市郊外夏至の翌朝)








2016年6月19日日曜日

きくちつねこ


大野林火の未刊評論から、
北茨城大津港の俳人きくちつねこ(大正11-平成21)を知った。
美容院を経営し、自立、自活しなければならないなかで、
次々佳句を生み出していた。
しかもカリエスだった。
第3回山本健吉賞。「蘭」主宰。
句は、野沢節子とよく似ていて、
柔らかく、落ち着いている。
きびきびしたひとであったらしいが、
句の発する花、を求めて人が集まったという。
野沢節子との交流を含め、
阿武隈山系の山々と海を交互に眺めてみれば、
評伝があっても不思議ではない俳人だと思う。
わたしの仕事かもしれない。


 少女しつとり座り芙蓉と云ふ字問ふ

                                                              (筑波山東麓)










2016年6月17日金曜日

偶 々


 偶 々

山は雨氣 聚め六月 水滾滾(こんこん)
揚水の 滾滾(こんこん)として 山の雨氣
たまゆらる 金の盥に 夕立晴
雨後なほも 空に闢(ひら)けり 蕗廣葉

たましひの ゆらと震へむ 夏夜かな
素麺や あなたから風 届いてゐます
十六時 いつものやうに 立つ夏風

隕石飛ぶ 靑羊齒深き 森のうへ
劔振れば 花橘は 細(ささら)冴ゆ
薫風や シヤネル煩わし とは思ふなく


                                    (旧岩間町土師)










象徴について


俳句の「象徴」については、以前から気になるものだった。
ここのところ、読んだものから抜き出したメモ。

寺田寅彦全集12巻「俳諧論」。

 沈黙によって表されるものを、
 17字の幻術によって、
 きわめて生き生きと表徴しようとする。
 その幻術の秘訣は、
 象徴の暗示によって、
 読者の連想を刺激する。


種田山頭火「俳句における象徴的表現」。

 象徴は、生命の刹那的燃焼の表現を外にして
 自己を表現しえない。
 刹那における自己表現の方式として唯一の象徴的表現が存在する場合において、
 象徴的表現は最大の効果を発揮する。
 言葉の真意義を生かさなければ、言葉が生命となった詩でなければ、
 まことの象徴詩ではない。
 心が、物心一如の境地に到達しなければ、
 言葉は、生命となりえない。

 (次の句を挙げて、その象徴表現の例としている)
 病雁の 夜寒に落ちて 旅寝かな 芭蕉
 僅かの花が 散りければ 梅は総身に 芽ぐみぬ 井泉水
 陽の前に 鳥ないて 安らかな一日 鳳車

野口米次郎「日本詩歌論」。

 日本詩歌の最も優れた詩は≪書かれない Unwritten≫詩。
 ≪沈黙の中に歌われる Sung in Silence≫詩だ。











2016年6月13日月曜日

鈴木真砂女



春灯の鈴木真砂女の句集「夕蛍」「都鳥」を読む。
気持ちが晴れる、というのはこういうことを言うのだ。
食材、衣装に乗せ、恋を謳う真砂女は身軽。
春灯調。万太郎そっくりの、都会の風と水だ。
それを驚きながら読む。
句を小難しく考えることはない。


                                     (鈴木真砂女自筆)










2016年6月11日土曜日

折口信夫の古語


   歌は呪文だ。呪文を読むと、私はほんとうに心が鎮まる。一度だけ歌会に参加した記憶がそうさせているのかもしれない。詩歌の世界に没入するときは、たいていが短歌を読むこと、その中の歌語のありようを、しみじみと解読する作業から始まる。
 「折口信夫全集」の森に入る。古代へ通じていた、というより、古代と一体化していた異能の折口を読めば、わたしでも古代に通じ、こころのどこかが救われる、充溢する思いがある。もっと言えば、見知らぬ古語と出合うことで、わたしは少し深いところのわたしの望んでいるものに出合えるのだ。全集第26巻の「自歌自註」に、折口の、古語への言及があった。


   いつまでもくだちゆく身ぞや、というような感情の出し方をするのは、
   おそらく今日では、わたしぐらいだろう。
   こんな古風な情調を出そうとする人がいなくなったということである。
 
   ほかの語に残っていない能力を古語が携えたまま立ち消えになっているのだろう。
   そうならば、
   それを生かしてくれる言葉、ある点では表情の乏しいと思われる語の救いになる、 
   と主にその点で、私は古語、死語を遣ってきた。


 自分なりに解釈をすると、消えていった古語には、現代にはない力や意味がある、ということではなかろうか。折口は万葉集などたっぷり学んだというよりも、想起するように、古語を浮上させてきたのだろう。わたしもまた古語を遣っている。古語で風景を眺め、古代人が草木と対話するという行為を意味する「言問ひ」を続けたい。

 古事の 文らを読めば 古への 手振り言問ひ 聞き見るごとし (本居宣長) 





                                          (常陸太田の葡萄園)











2016年6月5日日曜日

偶々605


  偶 々

あめとつち 空の奥處(おくが)も 夏に入る         …上高地
繒摺(きぬづ)るや 濃く此のいろを 紫根掘る
炎夏(ゑんくわ)なり よはむしを逐(お)ふ 羅漢の眼
靑嵐 定まり夷方(いはう) 塊處(くわいしよ)せむ     …安曇村へ
夏暁暈(なつのあけ) 額(ぬか)つらぬけり 火星光

                                (那珂の県民の森で)









2016年6月4日土曜日

探幽古画


狩野探幽守信(慶長2-延宝2)の小品「葡萄に栗鼠図」(仮題)が出てきた。
鬼原俊枝「幽微の探求」(大阪大学出版会)によると、
掲載されている落款を識別するに、
この古画は、探幽49-55歳ごろの作品と推察される。
真筆としてよいだろう。

同書によると、探幽に、中国古画の模写は、実におびただしい。
狩野派の頂点にいたものとして、大名筋からの古画鑑定の依頼が多く、
真贋判断材料として、筆写が必要だったのだろうし、
「学古帖」「臨画帖」「探幽縮図」などの画帖作成は、青年期から行っていたようだ。
寸法からして、画帖と妥当できる。

江戸初期の古画ブームは宋元画だった。
この図もその模写のひとつであったなら、
葡萄、そして栗鼠の描き方を倣う画人がいたなら、
その画人を探し出すのも仕事になるだろう。