2017年7月30日日曜日

与謝野晶子のアニミズム

槿

佐竹寿彦「みだれ髪研究」(1958)を読み、
「明星」の与謝野晶子の歌集「みだれ髪」はアニミズムにあふれていることを知る。
耽美派としてより以前、
京都に育った与謝野晶子のなかに濃密に流れる、アニミズムだ。
それを調べるのも楽しい。
与謝野晶子のアニミズムは、「神」「姫」などと書かれる。
あらゆる事物に、それをつかさどる神を見る。

 紫に もみうらにほふ みだれ函を かくしわずらふ 宵の春の神

春の宵をつかさどる神が詠われる。

 今はゆかむ さらばと云ひし 夜の神の 御裾さはりて わが髪ぬれぬ

夜の神が去り行く未明の気配を詠う。

 秋の神の 御衣より曳く 白き虹 ものおもふ子の 額に消へぬ

秋の神が白い虹を立たせている。
 
 雲ぞ青き 來し夏姫が 朝の髪 うつくしきかな 水に流るる

与謝野晶子の造語「夏姫」という。佐保姫と同義だ。

京都の女子に、
不意に現れてくるアニミズムを知れば、
歌というものはつくづくと、日本的だ。
現代短歌の世界では容易に語られないのは、
陳腐と捉えられるのを嫌がるからだろうが、
与謝野晶子のアニミズムによって、江戸から明治の、
暮らしの中にあった、言葉の中にあった、
神々のリアリティを感じることができる。













2017年7月27日木曜日

現実(このよ)の土台



辻邦生「西行花伝」に、
崇徳院に語らせる印象的なくだりがあった。

 歌が現実(このよ)の土台をつくるという想念(おもい)が、
 刻々に強くなっていった。
 歌の心が保っていた花開く空間は、
 そこに入ってきた人を、
 花開いた相(すがた)に変える。
 歌の心、歌の意味は、
 もうひとつの新しい現実(このよ)の出現(あらわれ)なのだ。
 それが藤色なら藤色に、世界が染められる。
 心が月の光に澄んでいくとき、この世が蒼く澄んでいく。
 花の色を詠みだせば、歌の中に閉じ込められた花の色ではなく、
 この世のすべてが花の色に包まれ、花の色に包まれるのだ。

「春の戴冠」で、
サンドロ・ボッティチェッリが「Primavera」を描いたときに、
サンドロが語った言葉と、どこか似ている。

 歌が、
 現実(このよ)の、
 土台を、
 つくる。










2017年7月22日土曜日

多田智満子

明け方の歴史館の古代蓮

 詩人で、植物愛の旺盛だった多田智満子の、
高橋睦郎の編集による句集「風のかたみ」(2003)を読む。
装丁も含めた丁寧なつくりから、
大切な人を、逝く人を送る、とは、
こういうことなのだという見本のような冊子だった。

池澤夏樹が

 言葉をたぐっただけで、
 身はその場にありながら、
 魂はどこまでも遁走することができる、詩人の本領。

と書いたとおり、言葉から触発された、軽身な、涼しげな句群だった。

菊判、12ポイント活字で、
天地左右3㌢の大きな余白を取った本文組に、151句。
突き抜けて形而上的で、境涯句がひとつもないのが、すばらしい。
句集の役割とは何か、とつくずく思う。

葛原妙子、山中智恵子を敬慕していて、
「浮世離れ」「宇宙の立法のひと」という評価もあったようだが、
書く行為を貫き通し、
数十冊におよぶ多産な詩集、翻訳、随筆の最後が、句集とは。

そういえば、多田の同人詩誌「饗宴」を二〇歳代のはじめに、池袋で入手した。
なぜ買ったのだろうか。それを
35年後に思い出すとは、不思議だ。

  草の背を乗り継ぐ風の行方かな

句集の最後を飾る一句は、しかし、
嵐雪の辞世を、知っていたわけではあるまいが。












2017年7月16日日曜日

偶 々


偶 々
櫻亜麻 少名毘古那の 花の亜麻
たまかぎる ゆふしづかなる 緑雨かな
たまのをの くれがた興る 蓮の風
月光が 留まつてゐる 壜の中
初蟬は  欅の森の  爺哉
音なき晝 蓮瓣(はなびら)に 渟(たま)る玉
緑雨あり 樹冠傳ひて 風も來たり
真鍮てふ 重力降りて すもも熟る  
結び葉の 解(ほど)けゆくころ ひかりかな
あじさゐの 晏(く)れむまぢかの あをのゐろ
めそぽたみやの すみれの茎の 白さかな










詩集「固い卵」

木漏れ日の迷い子

詩歌俳の浅瀬を歩き、
断片を書き続けている。
書き続けることで、
わたくしの中に蓄積していく果、を感じている。

先ごろ開かれた明治古典会七夕市で
詩人北園克衛の詩集「固い卵」の原稿があった。
原稿がこぎれいに残っていたことに違和感があった。
1940年ごろのものだ。

原稿用紙に青の万年筆で書かれ、
奥付まで書き、紐で綴じている。
級数、書体の指定に赤を入れている。
北園自身による印刷指定だった。

北園は グラフィック、タイポ、編集の仕事をしていた。
死ぬ直前、75歳まで、
隔月刊の百貨店のPR誌「机」を作り続けていたらしい。
編集者だったわたくしに、親近感を抱かせた。

紙媒体の宇宙を、編集者は知るものだ。
言葉、日本語、書体、写真、デザイン、構図、紙質、色彩。
それらを組み合わせることで生まれるものがある。
北園の端正な原稿づくりは、編集者であったからでもあろう。
今でいうリトルプレスの、さまざまなリトルプレスの編集者だった。

詩論集「二角形の詩論」(1987)で、北園は書く。

 わたしが詩の実作者として最も誠実に立ち向かっているものは、
 瞬間に消えていく幻影だか観念だかも定かではない「ある何か」を、
 極度にそのままの状態で記録していくことである。

 つじつまの合わないものであっても、
 それには、そうでなければならない理由があったのである。

 詩は、工芸のように、
 材料を選び、設計を洗練し、熟練した技術によって、
 周到につくられなければならない。

 言葉の重さ、色感、リズム、形態について検討し、
 できるだけ広い範囲におよぶように、 
 蒐集整理する。

 わずかな言葉を完全に使用することで、
 一般の、雑多な言葉を自由に使う詩とは異なる、 
 高度な結晶をつくろうと努力する。

 きわめてわずかな言葉によって作られたイメエジを、
 絶えず変化させ、打消していくように、
 助詞、助動詞が操作される。

 詩はなんだかわからないところの何かである。

 散文では表現できないような「何か」があり、
 それは人間が本能的に求めているものだ。

 「芸術する方法と技術」をマスターすることだ。

 わたしは、すべての詩人にまず、原稿をつくること。
 そして印刷することをすすめたい。

30冊の詩集、論集はかような強い意図のもとにつくられた。驚異だ。














2017年7月10日月曜日

2017年7月8日土曜日

記憶の庫

千波湖畔

6月の日曜日に水戸で開かれた歌会に出席してから、
「韻律から短歌の本質を問う」(岩波書店)を読んでいる。
韻律とは、「韻文における音の調子。
音の時間的リズム、強弱、高低、あるいは長短等によるもの」であり、
「発話における強勢、抑揚、リズムなど、場合によって異なり文字で記録されない性質」を言うそうだが、
短歌の世界で論としてあるのは、
岡井隆の「短詩型文学論」や「韻律とモチーフ」ぐらいだそうだ。
だが、岡井隆に代表的な歌がないのはなぜだろう。
おそらくは日本人とかけ離れているからだ。
書けるひとは歌えるひとである。
詠むひとは書かざるを得ないひとでもあるだろう。
歌えるのは、頭の中の機械的なリズムの型枠があって、
そのなかに言葉の塊をはめ込むことができるひとなのだ。きっと。
意味をはめこみたい頭のよいひとなのか、
律をはめこみたい身体的なひとなのか、
古代の音をはめこみたいあるかいっくなひとなのか、ということ。

その岡井隆の「現代短歌の文語律と口語律」。
アルカイズムという概念で、近代短歌を攻めながら、
自らの立つ位置を決めようとする矛盾の中にあるが、
ふたたび、歌えるひとは書けるひとである。
アルカイズムの意味は、擬古主義。
用語や形式の点で、古いものを再現したり、まねたりする傾向のこと。
懐古趣味。
いちいち概念をはっきりさせる。

  近世の国学者たちの和歌が、アルカイズムにとどまっていたのは、
  万葉調などの古い歌語体系に従うのみで、写実というテーゼがなかったからだ。
 
  万葉調と写実は、アララギ派のテーゼだった。万葉語体系を尊重し、
  現代語による歌語を否定することだった。

  古語の韻律に包んで歌うと形式が勝る。
  素材の発見は、万葉尊重のアルカイズムからは出てこない。

そうだろうか。
古語という素材は、わたしを根源なるものへ近づけてくれている。

一方で、歌人加藤治郎の論「枕詞の復活」。
高橋睦郎の歌集「爾比麻久良」を取り上げる。
一首にひとつの枕詞を配した歌集だ。そのあとがき。

  いまでは顧みられることのない言葉の古枕を、記憶の庫から取り出して、
  そのうえに片時なりと現代のやせた夢を預けてみよう。
  音のうえ、意味のうえで、神々や土地の名、風景、感情を喚起したことでは、
  まさに夢の座、魂の座としての詞の枕だ。

高橋睦郎の言葉には、岡井隆が攻めるアルカイズム的な批判内容ではない、
腹の座った意思を感じる。
岡井隆の心性にない何かは、日本人ならよくわかる。
さらに、歌人の島田修二が「短歌の創造力と象徴性」で言う。

  古語でお尻を「いさらい」と言う。乳房を「ただむき」と言う。
  おそらくは万葉よりも古い言葉なのだ。
  死んだ言葉なんだ。だが、
  むこうから、「使ってみろよ」という声が聞こえてくるんだ。
  古語が呼んでいるんだ。

そう思う。古語は実に不思議だ。どう不思議かを私は実践していかねばならない。
わたしのほんとうの仕事は、詩歌俳を手探りしながら考えて、
作り続けることだ。