2017年8月30日水曜日

邪宗門その4


ヴィリエ・ド・リラダンの翻訳で知られる仏蘭西文学者の、
齋藤磯雄「ピモダン館」(1984)の中での、
仏蘭西象徴主義についての定義が明瞭だった。
それは実に攻撃的、刺戟的だ。

 サンボリズムは奥深い内面生活の暗示を志す。

 詩人の追求するものは、
 感情でも観念でも風景でもなく
 それらのものが、
 内奥にもたらす神秘的な反響である。

 外界の事物は、
 其の奥潜むある実相を暗示する記号だ。
 詩人は、類推によって、
 この暗号を解読する者である。

 この意味で、
 詩歌は単なる芸術以上のもの、
 科学よりさらに真実なるもの、
 認識のもっとも確実な手段となる。

 意識下の、
 冥くも深き統一を形成し
 営まれている内面生活を、
 ふさわしい幽玄な言語によって表現する使命。

 象徴派にあってサンボルは一変し、
 ひとつの秩序から
 他の秩序への完全な置換へとなった。

 サンボリズムのもたらした最大の教えは、
 ポエジーをその本質、精髄において
 把握しようとする不屈の精神であり、
 ボードレールのいう「灯台」となるひとびとにより、
 引き継がれてゆくだろう。

 詩人の使命は、
 もろもろの感覚の相互間の
 関連と類縁を発見し、
 象徴的な意味を示すこと、にある。

 シャルル・ボードレールの十四行詩「照応」は、
 天地創造の統一性、
 創造は物質界と霊界からなること、
 象徴は、物質化と霊界の照応を実現していること、
 共感覚が、さまざまな感覚の照応を実現している。

 かれらは、
 詩句の諧調や律動の効果を重視し、
 アリテラシオンやアソナンスの構成に、
 管弦楽的手法を用いた。
 そして、
 「降神魔術」として、
 言葉を知的内容のためだけではなく、
 音響的喚起の力、音楽的暗示の力のために
 選んだ。

ランボーがなぜ「詩人は見者たらねばならぬ」と言ったのか、
マラルメがなぜ「実存の諸相の神秘的意義の表現である」と言ったのか、
が垣間見える。
翻って「邪宗門」を読むとき、たとえば、

 朦朧体として、
 隠喩が次々続く体系であり、
 音楽の律動と諧調の魔法を説き、
 おのれの感性の反響を読者のうちに呼び覚ます作用。

と前提すれば、北原白秋「邪宗門」の序と例言、

 詩の生命は、暗示にして、単なる事象の説明にあらず。

など一連の自らの象徴詩の説明に、矛盾は見出せないうえ、
十分な咀嚼と共感のうえに、詩集を編んだことが見えてきたのである。
  











2017年8月29日火曜日

邪宗門その3

具体的事物をもって、抽象概念を想起させるものが、「象徴」。
こう書くと、俳のようだが。

「夕暮れ」が象徴であるならば、
それが表現するのは、たとえば、次のような抽象概念かもしれぬ。
いのちの終わりの静けさ。
いのちの消滅。
闇のはじまり。
静寂のはじまり。
あるいは死後の安息。
ならば、
マラルメの純粋観念notion purに近い。

仮に命題とするならば、

 夕暮れという象徴を、一冊の詩集としてうたった「邪宗門」。

だとすれば、それは
十九世紀末の西洋の文化潮流を継ぐような仕事だった。
古今の夕暮れの時間をうたった詩歌は、
もちろんたくさんあるのだが。
同集は、ほぼ全編同じ主題の下にある。
綴られた夕暮れの詩句を抜いて、喚起する象徴を見ることにしよう。

 暮れなやみ、噴水の水はしたたる
 外光のそのなごり
 わかき日の薄暮のそのしらべ
 その空に暮れもかかる空気の吐息
 黄昏の薬草園の外光に
 夕暮れのもの赤き空
 やわらかに腐れゆく暗の室
 黄の入日さしそふみぎり
 うち曇り黄ばめる夕
 薄暮の潤みにごれる室の内

このような詩句が「邪宗門」に、
ちりばめられているのだが、
喚起されてゆく抽象概念、象徴は何だろうか。
西欧の象徴詩にとっての夕暮れは、
身を締めるような冷えた秋の夕暮れにも思えるのだが、
白秋の夕暮れはどこか、
南国へ入って急激に身体の細胞が開くような、
暖かさであることに気づく。
滅びへ、腐りへ、
あるいは、これは重要だが、どこかへと戻ってゆく感覚。
回帰する場所を魂が探しているような
それは、

 曖昧な、短い時刻の、朧な大気

が呼び起こす、原型的ものかもしれない。
没落と安息と。
前の世を、前の人生への回想を、誘発するのかもしれない。














2017年8月26日土曜日

邪宗門その2


芭蕉は最大の象徴詩人、と野口米次郎が言ったので、
「象徴」にこだわりを続けているのだが。
最初に戻って、概念を明瞭にしてみる。

 抽象的な概念を、より具体的な事物や形によって表現すること。その表現に用いられたもの。

 記号のうち、特に表示される対象と直接的な対応関係や類似性をもたないもの。

 直接的に表しにくい抽象的な観念を想像力を媒介にして暗示的に表現する手法。

とある。

次に「象徴派」という訳語をあてたのは上田敏で、
明治36年の雑誌「明星」の上でだ。
以後、斎藤茂吉が「象徴といふ語」というエッセイを書いていたりする。
標示派、記号派 表象主義、表徴派などという訳語もあった。
象徴は、上田敏から始まった。

では仏蘭西象徴詩の象徴とは何か。
ステファヌ・マラルメの言葉は次の通り。

 対象を名指すことは、
 少しづつ謎を解いていく幸福から成り立つ詩の喜びの
 4分の3を奪う。
 暗示することに意味がある。
 この神秘を使いこなすことで、
 象徴がつくられる。

しかし、この言葉はどこか奇妙だ。
象徴を説明しているとはいえない。
マラルメが詩作のうえで志向したのは、

 詩的言語によって純粋観念notion purを喚起すること。

という言葉のほうが、象徴への直截で納得できる説明になる。
現実的言葉との関係を遮断、拒絶することで、
事物の超感性的な原形イデーというものを発出させること。
そのための手法が、暗示なのだ。
情趣ではなく、観念、形而上的な原型を指すに違いない。

さて上田敏「海潮音」。
含まれる十四篇の、いわゆる象徴詩に、
黄昏、落日の光景が描かれていることに気づいたのは
「日本近代象徴詩の研究」の佐藤伸宏。
秋の凋落、落日という主題は、
十九世紀末の世紀末の仏蘭西
象徴詩を代表するものだったらしい。

だとすれば、
飛躍はするが、
上田敏に限りなく影響を受けた北原白秋の「邪宗門」は、
秋の落日の主題を、
春の黄昏時間に、
置き換えたものだと考えられないか。
百篇の詩を通して、
一冊の詩集は、
 
 暮れなやむ晩春の室の内……

という主題を、
あるいは場所論を、
ひとつの象徴にまで、
昇華させた詩の表現、とはいえまいか。
それほどの大きな、驚くべき仕事ではなかったか。











2017年8月25日金曜日

邪宗門

桂黄葉
佐藤伸宏「日本近代象徴詩の研究」の、
「象徴詩の転回---「邪宗門」論」を読む。
詩集「邪宗門」冒頭の、

   情趣の限りなき振動のうちに、
   幽かなる心の欷歔(ききょ)をたずねる。

白秋自身のいう「情趣」は、
「イメージ」と置き換えるべきかもしれない、と思った。
そうすれば、白秋のいう「象徴」が少しは理解できると思うのだが.
上田敏、薄田泣菫、蒲原有明らを引き継ぎ、
象徴詩を目指した北原白秋の詩集「邪宗門」の、
いったいどこが、仏蘭西からもたらされた象徴詩を追求したものか、
を感じ取り、説明することはやはり難しい。

白秋の特質を木下杢太郎は、

 「邪宗門」の詩は、主として暗示(サジェッション)である。
 仏蘭西印象画派、新印象派の手法のように、
 単に、光線の振動、原色の配整であり、
 簡単な心象および感情の配列である。

 作者は、自然からその好む元素を選び取って、
 詩章に織って、開展する。
 しかしただおぼろげなるものを暗示するのみである。
 
 美しい動詞によりて綴られた
 美しき名詞の列である。
 これらが、相似る情調を惹起するように選ばれている。

と書いているが、
この書評が、白秋の象徴詩へのもっとも的確な指摘らしい。

ところが、
三好達治は辛辣だ。

 詩はひたすら横すべる。
 つじつまを合わせるように詩語を置き換え積み替えしている。
 さまざまな刺激語で、脚光を浴びせようとしているが、
 どこまでいっても同じ平面のうえをうろついている。
 そうして後は、徒労と焦燥感が残される。

と書き、羅列、併置、単調さへの、
当時から現代にいたる、白秋の象徴詩への批判の意見を代表しているそうだ。

だが、佐藤が明確に指摘するのは、
三好達治が否定したことこそが、
白秋の確立しようとした象徴詩の方法ではないか、と推論する。

基底とする気分、情趣を置き、
そのうえを、いくつもの幻想、想念、イメージが、
塊として、併置、羅列、連続していくこと。
その塊の間には、論理の一貫性、脈絡を介在させないこと。
この方法によって、
「邪宗門」冒頭の、
「詩の生命は暗示にして、単なる事象の説明にはあらず」が実現し、
ひとつの統一されたイメージの世界が出現する。
脈絡は「感覚」であり、
「論理」には置かない。

わずかに、
白秋の詩集「邪宗門」は抒情詩集ではなく、
上田敏にはじまる、
あるいは仏蘭西の象徴文学概念による
詩作の試みだということが、
浮かび上がっきたのだが。

では白秋の象徴詩のもたらした「暗示」「作用」は、改めて何か。
それは次回。















偶 々

未明の地震ののちの朝焼

橙の 昏れながき日の 君子蘭
乳の色の 昏れながき日を 輯(あつ)む窗
饐へ萎へて 腐たしはじむる 百合の馨の 
百合の馨は 饐へ萎へ腐たす とき圓き
夏のソロ 時間コロロ ホロムが滴(した)る
赤だりあ 乳(ち)の色ゆふべ 嘘懺悔 
夏昏れが 赤灰色の 風の儘
其の揚羽 此の被差別より 生(あ)れたるか
此の星の 此の被差別の 揚羽哉










2017年8月22日火曜日

葛原妙子

Rose
たそがれどきのわずかな時間に垣間見るのは、
そのひかりのむこうにあるものだ。
物象の奥処の、形のない、形而上の、イデアの、と、
さまざまに表現されているものへの、あくがれ。
三木露風は「黄昏の詩想」と呼んだ。
そこに永遠の世界への幻を、垣間見る。

葛原妙子の第一歌集「橙黄」(昭和25)を読む。

 橙黄色の
 花筒仄明かる
 君子蘭
 昏れながき微光を
 背後に持てり

は、夕暮れのたゆたう時間の、落ち逝く西日が弱弱しく差す室内で、
植物の吐息で薄潤んだ空気が靄がかる温室で、
蘭の花の周囲が、仄明るく見え続ける、という意味かもしれない。
昏れてなお、光を放ち続けるうすぼんやりした花の輪郭のアウラを、
密かに観照しているのかもしれない。
「黄昏の室内」は、
詩史に繰り返し登場するイメージの、バリエーションだろう。
イメージのもとは白秋かもしれない。
だから、幸福で永遠なるものへの、暗喩が漂っている。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの「色彩論」の、
生きものやモノの背後にある光、エーテルを発見するくだり、を思い起こす。
夕暮れの、薄暗い食堂。
逆光の中の女給が去ったあとに、
ひとがたに残る光の塊。
それがエーテル。

植物は天体とかかわりで、動いている。
植物は恒に天体の力を、感じ取っている。
宇宙の向こうから、
たとえば赤色が働きかけるとき、
地上に到達するまでに一度、
レムニスカート曲線を描くそうだ。
それは宇宙の調和の力、美だ。

天体の力を、
中世まで、「エーテル」と言い、認識されていた。
エーテルの力を受けて、
植物は花々を形成する。
葛原のいう微光とはエーテルかもしれない。
モノに纏い、モノを包む、生命体の宇宙の力、だ。











2017年8月19日土曜日

上田三四二

Morning glory

 人生より長らえる墓石は、それ自身一個の生の象徴である。
 詩は墓石のようなものでなければならぬ。
 感情はいったん死に、象徴として甦る。
  すべての詩は象徴を目指す、といわねばならぬ。

明治時代の詩歌の美しい言葉の源へ、視野を広げつつも、
象徴とは何か---という長い道のりの、緒に着いたばかりのわたくし。
マラルメや上田敏、薄田泣菫、蒲原有明、北原白秋の仕事を正視する日々の一方で、
歌人上田三四二の詩論「詩的思考の方法----あるいは隠喩論」(1965)を読む。
知らず象徴作用に到達する一論だった。
幾つかを抜き出したい。
短い中に、よい言葉がたくさんある。

 詩の跳躍は、論理の絶えたところからはじまる。
 推論のゆきづまった地点でなされる。
 詩の言葉が極端に少ないのは、跳躍に息を詰まねばならぬからだ。

 詩人の飛躍は、比喩によってなされる。
 類推と暗示と象徴の、言葉の曖昧さ複雑さに由来する語法の混乱を盾とする。

そして、

 言葉は、語源につながることによって、
 というよりも、語源を見通す歴史の厚い層の中に、
 人間の込めて来た、無数の感情の彩りを感得することで、
 はじめて詩語たりうる。
 詩の思考の跳躍とは、
 この無数の感情の糸を、いくつか、そして新しく結びなおすことだ。
 結びなおすことで、未来への予言を盗みとる。

 芭蕉の、藤そのものが心に沁むのは、
 白氏文集が、後撰集が、徒然草が彼の血に溶けていたからだ。
 東方の、ひとびとの感情の凝集としての藤の花が、
 彼の口を借りて表現にいたったのだ。

 ふたつのあいだには、
 おそろしいほどの断絶があり、
 断絶を飛び越えて、感動がモノに放射されるとき、
 モノは感動そのものへ、転化する。
 感動からモノへ。
 この転移のうちに、感情の比喩は完成する。
 感情の比喩は、隠喩である。

 隠喩metaphoreと移調transpositionは同じだ。
 もと一箇所から他所に移し動かす意である。
 感動はモノだと知るとき、隠喩は遂げられ、
 詩になる。

 詩による思考とは、言葉によるモノの発見である。
 モノのシンボル化をもってする感情の開発にほかならない。

 詩が、「現実の強化」であり、
 詩的思考の方法たる隠喩の指し示す新たな発見である。

 現実の強化とは、
 象徴のうえに象徴を重ね、
 象徴の次元を高めることによって、
 その体系を精妙にすることである。
 生きるとは、象徴を織る、ことにほかならない。

 茂吉は、写生のゆきつく果てが象徴だと信じていた。
 茂 吉の写生を祖述し、繊細微妙な表現に、佐藤佐太郎は到達した。
 白秋は、幽玄の澄むところに、象徴の絶対境を見た。

 塚本邦雄は、
 アララギには人間学と自然学があっても、美学がない、
 と凹所を衝いた。
 詩の機能をもういちど験そうとした。

 詩の手法においては、隠喩の強化が。
 詩人の要請としては、人間的共感の回復が、
 相互を媒介しながら、詩に結晶させることである。
 このとき言葉は、
 神話時代からの強烈な感情の負荷の記憶を重ねて、
 未知の、論理の及ばない、新しい認識を開いてゆく。










2017年8月13日日曜日

古代の精霊の


 詩は隠された生の啓示である イエーツ

詩論集「詩と神話」(1965)は星野徹の三〇歳を少し過ぎたころの論だが、
若いにもかかわらず、詩への自己同一をゆるぎないものにしていたことに驚く。
詩の方法も技法もだ。

この詩論で展開されている内容を背景に、
詩歌俳の実作者は、どれほどいるだろう。
原型的イメージから、詩歌俳を分析する批評家がどれほどいるのだろう。

星野徹は書く。

 原型的イメージは、汎民族的な集合的無意識の底に堆積している経験の型である。
 再び意識の表層へ浮かび上がる機会を待っている。

 原型的イメージを、詩的芸術を通じて、呼びさますことができる。

 真に象徴的な詩作品を読むときに受ける感動は、
 作品のひとつひとつのイメージが原型的イメージを呼び起こし、
 原型的イメージが再構成、再表象される過程で成立するものだ。

 古代で近代を照射し、近代のもろもろの経験の原型を古代に求める。

西脇順三郎の詩「失われた時」について、
彼自身の内部に依然として生きている古代的精霊の投影を、
三好豊一郎の詩「夢の水死人」について、
洪水伝説、漂着神信仰を、
草野心平の詩「森」には、
植物靈に対する古代人の感情の同質性を、見出している。

日本の現代詩のいくつかに表出された、
いわば「神話の復活」、「神話の浮上」という意味だろう。
日本の詩歌俳には、ギリシャ神話も、聖書もないから、
人類学が収集再構築してくれる類型を詩領域に借用し、手がかりとし、
経験の原型を追求し、現代を解釈するという方法を採れ、と書いている。

古代の信仰が木霊して、
古代の精霊のシンボルが顕れるのを待つ、
のが日本の詩歌俳の方向ではないか、と。

なぜある詩に、たくさんのひとびとが感動するのか。
そこに原型的なものがあるからだ、と。
だから原型的なものを掘り出す、仕掛ける仕事をせよ、と。



















2017年8月12日土曜日

知里真志保


アイヌ学者知里真志保の,
「分類アイヌ語辞典植物篇」(1953)を読むとき、
ひどく懐かしさがこみ上げてくる。
かつての蝦夷の人々の、
葉や實、茎、根を煮て食い、樹皮を乾かし薬にする暮らしに。
時に魔よけなどの呪術的な考え方に。
蝦夷の人々の草や木との濃密な関係は、
当然のように、このわたくしも、もっている。

身の回りの草や樹木を見渡すとき、
そこにどんな名があり、働きがあるか、
どこまで知っているのだろうか。
ほとんど知らないのだ。
草や樹木の名を知り、働きを知ってから、
死なねばならない。

 ペロコムニ(ミズナラ)は素性のよい樹で、
 三又になっていると、山の神の木、として大切にされた。
 薪にしてはいけなかった。
 實は煮てつぶして、餅にした。

 樺太で、イソカルシ(マイタケ)を採るときは、
 必ず、槍を構えて、突く真似をしてから、採る。
 熊を獲るときと同じく。

 ラルマニ(イチイ)の實は、
 肺や心臓が弱い人々へさかんに勧めて食べさせた。
 樹皮は赤く染める染料として煮た。
 内皮は乾燥させ保存し、下痢止めの薬にした。

 フプ(トドマツ)の枝は、
 悪い夢を見た朝に、その枝で体を払う、儀式(ヤエピル)で使った。
 清めの悪魔払いだ。

 ウクルキナ(ギボウシ)の葉は、
 細かく切り刻んで、米や粥に炊き込んだ。
 鍋で煮て、カエデやシラカバの樹液を醗酵させたものを混ぜ、
 濁り酒を造った。

 コムニ(カシワ)の實は保存し、
 冬になると、白い中實を豆と一緒に煮て団子にする。
 ニセウラタッケというどんぐり料理のご馳走だった。

 トペニ(カエデ)は早春の樹液を飲んだり、樹液で飯を炊いた。
 煮詰めて飴にした。サンザシやキハダの果汁を加え、醗酵させた。

 なにより、蝦夷のひとびとにはチキサニ(春楡)が親しかった。
 火を起こすチキサニは、母なる女神だった。
 チキザニからは善神だけが生まれた。











2017年8月11日金曜日

偶 々

当帰
偶  々(蝦夷言葉)

秋顕てば あへかなる靈(ひ)も そひにける
火の神の 春楡姫の 早黄葉
蕗の葉で 煮る雨の粒 飴の玉
黒百合の すわつてをりぬ 雨の中
蒲公英の ぽはぽんと云ふ 小(ち)さきもの
あへかとは 蜩の降る 闇四方(あたり)
穐おもふ 面念思憶懐想惟 何れにて
空の聲 未明に落ちて 穐顕てり
さはれ、いま 空の聲落つ 穐顕ちぬ
只管(ひたぶる)に 受く裸體にて 夏嵐
















2017年8月10日木曜日

あえか


象徴を考え、象徴詩について調べる緒についたところだ。

安田保雄「上田敏の研究」(1958)によると、
上田敏の訳詩集「海潮音」は、
王朝時代の古い美意識を乗せた古語、がちりばめられ、
白秋や泣菫、有明などの詩人たちへはなはだしい影響を与えたそうだ。

影響を与えた、と書くと漠然としてしまうが、
昨年公開の映画「あえかなる部屋-- 内藤礼と光たち」で耳にしたこともあった、
例えば、その「あえかな」。
雅語だ。
物事が変わりやすかったり、壊れやすかったりするさまを謂う。
あやうげな、
束の間の、
空疎な、
儚い、
夢幻の、
たまゆらの、
幽けき 、などが類語だ。

上田敏が、ダンテ「心も空に」を訳したなかの、
 
 あえかの君の寝姿を

をきっかけとして、
詩人たちが続々と、
この「あえか」を、それぞれの詩句に含めていった。

あえかの胸に            薄田泣菫
ああ、またもわれはあえかに     北原白秋
ゆらゆらとあえかに立てる玻璃の少女 木下杢太郎
あえかなる妻のえまひは       三木露風
嫋びしなゆるあえかさや       蒲原有明
あえかのおみな           日夏耿之介
春の夜の火かげあえかに       与謝野晶子

熱病に浮かされたように、古典を漁り、
雅な詩語を求めてゆく一時期の端緒になった。
上田敏は訳詩という形のなかで、
王朝雅語と西洋詩を組み合わせた奇才だった。

なお、
カアル・ブッセ「山のあなた」は、
古今集第18の和歌に始まり、
上田敏の訳詩、
若山牧水の短歌、
そうして種田山頭火の自由律、
「分け入っても分け入っても青い山」で、ピークアウトした、
東西共通の、詩の元型のひとつ、であろうと私見している。










2017年8月6日日曜日

心平さん

桂並木の黄葉は真夏にはじまる

磐城郡上小川村の北西に生まれた、詩人の草野心平が言っていた。

 詩は断じてトウル・デスプ(才気の曲芸)ではない。根源、それだけだ。

大変な短気だった心平さんは、
磐中も卒業しなかったし、
慶應義塾予科も放り出した。
だからわたくしの、
厳密なうえでの先輩ではない。

 根源、それだけだ。

詩集「第百階段」序の、
この潔い言葉をここちよく受け止める。
生前を知るものとして、
いかにも、心平さんらしいのだ。

永田耕衣は、根源俳句を唱えたものの、
心平さんのいう「根源」とはだいぶ、違う気がする。
あくまで印象だが。
だから、
根源の意味を探る。

ヨハネ福音書はもともとギリシャ語で書かれたそうだ。その冒頭。

 Εν αρχηι ην ο Λόγος  (En arkhēi ēn ho logos)

ἀρχή (アルケー)は、
古代希臘語で、根源を意味する。
それが羅甸語に訳されると、
principium (プリンキピウム)になったそうだ。
それで、明治の文語訳聖書では、

 太初(はじめ)に言葉ありき。

と翻訳され、名文として香り立つわけだが、心平さんに従えば、

 根源に言葉ありき。

となるはずだったかもしれない。
心平さんの、詩人として求めていった「根源」とは、
ヨハネ福音書でいう「太初」でもあるのだろう。

生地の、阿武隈山系の花崗岩台地。
一度はゆくとよいのだ。
南の阿伽井岳、水石山、背後の二つヤ山は修験の山。
夜毎に空に向かって放たれる、あえかな光がある。
心平さんはそれに感応し続けたのだ。
全身で、
宇宙の力を受け止めていた、とも言える。
「根源」なるものにつながって、
詩人につくられていった心平さんが、見える。














界 隈ー夜に
















2017年8月3日木曜日

原 型

黄花コスモス
カール・グスタフ・ユングのいう「元型」と
ここでの「原型」に差異はないと思っている。
ひとつのブームであったかもしれないけれど、
象徴と元型、原型から、
詩歌を分析理解するのは有用だし、
詩歌俳論の書き手の多くが、
実は怠っていることではないのか。

生前お世話になった、
元茨城大学名誉教授で詩人の星野徹の
「詩の原型―根源的イメエジの追求」(1967)。
集中の論「変身する詩人」は、安西冬衛の一行の詩

  てふてふが一匹韃靼海峡を渡っていった

を2万字、原稿用紙49枚を費やして、
一行の詩の中に隠れる、
イメージの原型を解きほぐした。
現在の俳壇にあふれる底浅いエッセイたちは、
この論を前にすれば、
簡単に霧散する。
遠近感、量的対比、二物衝撃、などの俳句の常套手法を提示する前に、
俳論とは、かくも重厚に書かねばならぬ、と思う。

まず感動の理由を解く。
「てふてふ」という旧字旧仮名の視覚的印象から、
はばたきの繰り返されるイメージを。
「韃靼海峡」という字面からは、
異国的でアルカイックなイメージを。

次に、
その理由を、読者側に潜在する美意識に探る。

 安西冬衛の短詩が、
 奥深い原型を踏まえているのなら、
 その作品だけが、孤立しているとは考えられない。

のがその根拠だ。
「潜在する美意識は、ほかの文学作品に、形象化されているはず」だと前提する。
その可能性を探るために、調べる。

蝶の句の多くが、荘子「斉物篇」に基づいている松尾芭蕉や
「提中納言物語」「枕草子」「源氏物語胡蝶の巻」などから引用を繰り返し
蝶が死者の魂を運ぶもの、であり、
時代を経過するごとに変化していることも指摘する。
霊魂の伝達者、
霊魂の変化したもの、
夢と現実、
現実と反現実、
此岸と彼岸を往来するもの、としてのてふてふに
変化してゆくさまを書く。

韃靼海峡と云う言葉から、
海のイメージを探る。
「万葉集」「古今集」における「わたつみ」。
「海神」。わたつみと云う音の、デモニッシュな響き。
わたつみ、海神の支配するところの韃靼海峡。

「ある原型」のヴァリエーションを西洋の詩にも探す。
三好達治「郷愁」「獅子」から、
マラルメ「海の微風」。
ロレンス「蝶」。
スペンダー「海の風景」。
ディキンスン「作品五三番」。
などか。

そうして、
死の蔭を背負い、此岸と彼岸を往来するてふてふが、
海神が凝視する中を、異界へと脱出するモチーフが、
人々に潜在する象徴、それは言い換えれば行動の美意識、
に訴えていることを突き止めていく。

星野徹は
詩のシンボルを明瞭にし、
東西の詩から、そのバリエーションを抽出し、
シンボル自体の変遷史も語っていた。

同書ではこのほか、
エリオットの詩に現れた「ガーデン・シンボリズム」を読み解き、
映画「テス」の中の「豊饒の女神」の象徴を読み解く。
いずれもが、古代とつながるために。
そうなのだ。
古代とつながる充溢が、原型を知るための作業にはあるのだろう。
翻って、わたくしは、
日本の象徴、詩歌の原型へ確たる認識を得たい。